アメリカ食品医薬品庁(FDA)は、1997年12月に牛肉の照射をついに認可しました。ニュージャージー州に本社をおく照射会社アイソメディックが申請を出したのは1994年のことですが、十分な安全審査もしないまま、急きょ認可に踏み切った背景には、O-157大腸菌汚染などによる食肉への不安が広がり、連邦政府として、何らかの対策をとっている姿勢を見せる必要があったという事情があります。
一方、アメリカ農務省はこの5月、国内外から寄せられた20万通のコメントが圧倒的に反対していることを考慮して、有機統一基準案から、遺伝子組み換え技術を使ったものや、放射線照射や汚泥再生肥料を利用したものを有機とは認めないことを決めました。このように放射線照射に対する連邦政府の姿勢はその時々の状況によって大きく揺らいでいますが、ひとつ確実に言えることは、市民の声を伝えないかぎりは、政策はどこまでも産業界の圧倒的に大きな声の方向に進められてゆくということです。
照射推進派は、1994年に提出された600ページにもおよぶ申請書の扱いをわざと遅らせているとFDAを非難して、牛肉照射の認可を早めるために議会に猛烈に圧力をかけました。その結果、申請から60日以内に決定を出すことをFDAに義務づける法律が議会で可決され、大統領もこれに署名しました。市民反対グループのフード&ウォーターの表現を借りれば、「FDAは議会から頭に銃口を突きつけられ、牛肉に胸部放射線の3000万倍もの放射線を浴びせても安全かどうかを立証するための長期的な調査もしないで、またもや国民の健康を運にまかせ、牛肉の照射を認可した」のでした。
事実、FDAが牛肉照射の認可にあたって発表したステートメントをみても、過去の文献から都合のよいところだけをより集めたという印象であり、これまでの穀物、香辛料、ポーク、トリ肉などの照射を認可した時と同じように、科学的に安全性を評価した結果というよりも政治的な判断であるというF&Wの指摘はもっともと思えます。
推進派は牛肉の認可を急がせるとともに、認可された時に備えて、別の法案のロビー活動も進めていました。その法案は、アラート37号でも伝えましたが、照射の表示義務を骨抜きにする法案です。昨年の秋には、大口の政治献金団体であるアグリビジネス業界団体が20団体以上もそろって、上下院の議員宛に法案可決の要請文を送りつけ、議会を通過させました。
11月から実施されることになる新しい法律によれば、国際的に認められてきた「ラデュラ」マークを照射食品につける必要がなくなります。また「放射線処理」という文字による表示も、これまでのようにはっきりと目立たせる必要がなくなり、容器の裏の成分リストと一緒に小さな文字で印刷するだけでよくなります。要するに、表示義務があると言っても名ばかりで、実際にはほとんど消費者にはわからないようにすることが目的です。
FDAの牛肉照射の認可が出るや、マスコミはFDAが安全性の立証をしていないことや、汚染食肉の問題点にふれることなく、照射を歓迎する記事を掲載しました。ニューヨーク・タイムズの「照射による食品の安全」、ボストン・グローブの「ガンマ線から女神」などの見出しが示すように、いずれも「科学的な進歩」を祝福するものでした。食中毒の解決策と考えられている照射は、ローズウェル・パーク・ガン研究所のジョージ・トリッチ博士が言うように、「今後20年から50年のうちに、照射食品の消費量に比例してガンの発生率が高まることは避けられない」ものであるかも知れないのです。
推進派のマスコミ攻勢に対して、市民グループも反撃に出ました。F&Wは牛肉照射反対のメッセージを全国に送るための意見広告を作成しました。次の写真はその一面広告で、「食品産業が飲み込ませようとしているのは照射だけではない」というタイトルの下にあるのは牛のフンで、「フンにまみれた肉、不潔な処理プラント、非人道的な家畜の扱い。こうしたものが食品照射によって温存されます。食品会社は汚染食肉を照射することによって、これまでどおり不潔なやり方を続けることができるのです」と訴えています。
この意表をつく意見広告は1998年2月11日のニューヨーク・タイムズに掲載されるはずでしたが、前日になって家族が読む新聞としては「不適切」であるということで掲載を拒否されました。おそらく食肉業界にとって「不適切」だったのでしょう。
照射牛肉の新発売まで残っているハードルは、農務省が食肉産業向けに発行するガイドラインのみとなりました。ガイドラインは今年末までに出るものと予測されており、そうなれば照射ビーフは真っ先にファストフード・チェーンに登場することが考えられ、市民グループは来るべき「食品照射バトル」に備えています。日本でも、この頃やけにアメリカン・ビーフ(米国食肉輸出連合会)の大きな広告が目につきます。照射牛肉を阻止する闘いは日米両方の消費者の課題です。 (浜谷)
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