健康情報研究センター 里見 宏(Dr.P.H)
1.NHKの「ガッテン」がフッ素入り歯磨きは吐き出すな
見ていない方も多いと思うが、2019年5月8日、NHKの番組「ガッテン」でフッ素入り歯磨剤による「新ハミガキ法」が放映された。スウエーデンはフッ素入りハミガキ粉で磨いたあと、うがいをしないで口の中に歯磨剤を残し、最終的には飲み込めと放映、そうすれば虫歯予防になるという。この放送を見た人はまねするかもしれないし、歯磨き会社が歯磨き剤をゆすがず飲めと宣伝するかもしれない。
そこで、知り合いの大河原雅子衆院議員に質問主意書を出してもらった。大河原さんは生活者ネットワークという市民や生協を支持母体に国会議員となった人である。質問主意書は議員が国会で質問するところを書面で行うので、私たちが質問したいことを直接聞くことができる。議員から議長に提出され、7日以内に内閣総理大臣名で答弁書が出される。(国会法第74条)
2.フッ素の疑問に国の答弁は
質問は「歯磨剤を使ったあとで口を「ゆすがない」という新しい歯磨き方法を宣伝し販売することは法的に許されているのか。」と聞いた。
国の答弁は「歯磨剤はゆすいで吐き出すことを前提として製造販売が承認されている」と言うことで、NHKの「ゆすがない歯磨法」は製造販売の承認と明らかに違い、また紹介の域を超え推奨している番組なので放送法にもふれる可能性が高いことが判明した。フッ素研究会よりNHKに文書で抗議が申し入れられた。
また、フッ素推進派の歯科医や全国の歯科医師会は「歯のエナメル質に直接フッ素が化学反応を起こしてより硬いフルオロアパタイトになり虫歯が予防できる」と言い続けてきた。そこで、質問主意書で「歯のエナメル質のハイドロキシアパタイトの水酸基がフッ素イオンと置換してフルオロアパタイトになるということを科学的に確認した実験データはあるか。あるならその出典を記されたい。」と質問した。
国の答弁は「お尋ねのデータについては、いずれも把握していない。」という答弁であった。これまで言い続けてきた「フルオロアパタイトができる」は根拠となるデータを国は持っていないと初めて認めた。これがなぜ重要かというと、国がフッ素による虫歯予防は根拠なしでやっていたことを認めたからである。こうなると学校で行われているフッ素洗口も根拠なくやられ、危険だけが子どもに強いられていることになった。
3.フルオロアパタイト説は科学的に追い込まれていた
明海大歯学部口腔解剖学分野の筧光夫講師が「生体アパタイト結晶形成機構とフッ素イオンの影響(フッ素研究No25,2006.)」という講演録で、フッ素がエナメル質に入り、酸に強いフルオロアパタイトになるか実験を行い「結果は処理時間にかかわらずメディアを通じて宣伝されているような結晶構造中におけるフッ素イオンの置換は認められずフロール化は起こっていない」という結論を報告した。そして、このような間違いがなぜ起きたかについて、「1939年ごろに、フロール化がおこるのではないかと推測した報告が出されて以来、フッ素に対する有効性の議論が始まったと思われる。」と記している。間違いの元になった論文も「J.F.Volker,Proc.Soc.Exp.Biol.Med.1939(42)725-727.」と判明している。
筧氏は「当時は結晶構造の変化を直接分析できる高性能な装置はなく、資料中におけるフッ素量増加の分析結果を基に推測したにすぎなかった。」という。
この思いつきが確認もされず、事実であるかのようにフッ素による虫歯予防は進められてきた。この基本となるフッ素の実験を歯科医、歯科医学会は最初にやらねばならないことだった。しかし、この思いつきを勝手な思いつきで補強することが80年もやられてきたのである。
なお、筧氏の正式な報告は英文で「Kakei M et al.(2007) Effect of Fluoride ions on apatite crystal formation in rat hardtissues.Ann.Anat.189,175-81.」に掲載されている。一部のフッ素推進派歯科医が講演録だから正式なものでないと言ったという話が養護教員からあるが、英文論文を紹介されたい。
これ以上「フルオロアパタイト説」にこだわると根拠なく予防薬として使った責任を問われる危険性を厚労省も感じ、今回の把握していないと回答になったと考えられる。
2007年、国立保健医療科学院口腔保健部の花田信弘部長は「生活習慣と齲蝕との関わりー健康づくりのための歯科医学」(日歯医学会誌;26,72−75,2007)に「デンマークAarhus大学のFejerskovは、(中略)フッ化物の齲蝕予防効果は、教科書で述べられてきたエナメル質のフルオロアパタイト化にあるのではなく、主に脱灰―再石灰化のバランスを再石灰化側に傾けることであることを示した。エナメル質を100%フルオロアパタイト化しても、ミュータンスレンサ球菌によるエナメル質の脱灰を防ぐことができないことが実証されたからである。(中略)その後の研究によりエナメル質の初期齲蝕(白斑)は唾液中に存在する「過飽和」のリン酸イオンとカルシウムイオンが沈着することによって再石灰化を受け元通りに「回復」することが明らかにされた。(引用文献なし)」と記した。
4.非科学的な「再石灰化」への乗り換え
歯の表面で化学反応が起きてフルオロアパタイトになるという非科学的な発想に無理があると考えた歯科医が出てきた。しかし、80年以上信じ込んでいた仮説が間違いだという勇気はなかったようである。
そこで、考えてついたのが「その後の研究によりエナメル質の初期齲蝕(白斑)は唾液中に存在する「過飽和」のリン酸イオンとカルシウムイオンが沈着することによって再石灰化を受け元通りに「回復」することが明らかにされた。(引用文献なし)」という新仮説である。これまでも歯にカルシウムが沈着すれば歯石となり、虫歯の原因となると言っていたが、今度は虫歯が治ると言いだしたのである。フッ素の「フ」の字も消えたのである。推進派の歯科医も混乱し、ネットには「フッ素があると再石灰化がスムーズになる」というような記述を根拠も示さず勝手に書いている。
5.「う蝕(虫歯)」の状態と「初期虫歯」について質問
虫歯について、国は「エナメル質にう窩が形成されるとその実質欠損が自然に修復されることはなく、う窩は時間の経過とともにその大きさを増す」という答弁であった。虫歯は自然修復がない確認がとれた。ここで、「初期虫歯」がどういうものか問題になる。なぜなら、実質欠損がないと虫歯でないからである。
註:う窩(う蝕(虫歯)によってできた凹型の穴のこと)
国は「初期虫歯」については回答せず、“初期エナメル質う蝕”は「う窩(実質欠損)の形成がないエナメル質病変」という答弁であった。白斑は実質欠損がないので虫歯(う蝕)ではない。白斑は「エナメル質病変」という。“エナメル質う蝕”は穴がないのでう蝕(虫歯)と書くこと自体が間違いとなる。初期虫歯の定義がないのである。
註:「う蝕」は「虫歯」のこと。
繰り返しになるが、「再石灰化」について国は答弁をしなかった。定義そのものができていないと考えるのが妥当である。「再石灰化」という歯科特有な言葉は明確な定義がない。医科では再石灰化という言葉は使わない(医学辞典等にもない)。カルシウムなどの沈着は単に「石灰化」という。臓器で起きる石灰化は場所で「胆石」と呼ばれ、膀胱では「膀胱結石」などと呼ばれる。また動脈で石灰化が起きれば動脈硬化の原因とされる。医科と歯科で矛盾が起きている。
もう一つの問題は歯科医がエナメル質の白斑部分だけで再石灰化が起きるかのように説明することである。歯の白斑だけで石灰化が起きるかのような都合の良い説明が間違である。
また、フッ素が再石灰化のとき、どのように作用するか国は回答を避けた。石灰化にフッ素は関係ない。現に、フッ素が入らない歯磨剤も再石灰化が起きると宣伝して販売されている。
この国の答弁書でフッ素の虫歯予防効果は根拠がなくなった。推進する歯磨会社や推進派歯科医の執拗にフッ素にしがみつく異常さは奇異に感じられる。奇異と言うのは歯磨きのフッ素量を1,450ppmにまで増やして、歯のコーティングとかうがいをするなと誤った方向を作り出していることである。国民がフッ素は効果なく危険だと気づくまでフッ素で利益を上げようとする企業はその責任を問われると記しておく。養護教員は学校の子どもを犠牲にしないよう素早く対応してほしい。
5.まとめ
●国もフッ素の効果を確認するデータを持っていないことを認めた。
●洗口は無効、有害(フルオロアパタイト説の崩壊)
●フッ素は子どものためでなく、予防歯科医のためだった。子どもを利用した責任を問う。
●間違った仮説を勝手に膨らまして根拠としてきた歯科医学界の責任を問う。
●未解明な部分を研究することを放棄してきた責任を問う。
●企業も彼らを利用してフッ素信仰を作り上げ利益を享受してきた責任を問う。
●むし歯予防の根本理論が間違いであると指摘されても確認することなく自治体はフッ素利用を続けている。子どもへのフッ素利用は社会防衛の効果もなく公衆衛生事業として成立していない。ただちに停止する必要がある。子どもへの健康被害や誤った教育効果を生む危険がある。また、成人になった女性もフッ素入り歯磨き剤で骨粗しょう症の危険がある。特に、フッ素入り歯磨き剤と老人の骨折については緊急に疫学調査が必要である。
●若年者の骨肉腫、ガンなどの危険が高くなる。問題が指摘されているのに推進する責任は重い。時をさかのぼって予見できたにもかかわらず推進した責任を問う。
●教育で虫歯予防の効果が上がる時代である。問題は80年の間に推進派が広げたフッ素のウソを正していくのが学校教育。また、虫歯予防の情報と方法を具体的に教えるための教材開発が必要。
資料
質問主意書も答弁書も衆院議院HP、大河原雅子衆院議員のホームページでも公開されている。また、里見宏のホームページ「健康情報研究センター(SIH)」にもフッ素関係の情報が公開されている。また、教育総研の発行する季刊誌『教育と文化』にフッ素の特集として掲載されている。
質問主意書(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a198230.htm)
答弁書(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b198230.htm)
◎フッ素質問主意書と答弁書と里見宏のコメント
1.フッ素入り歯磨き剤は歯面をフッ素がコーティングするとされているが、国はフッ素が歯面をコーティングしていることを確認する実験をしているか。
2.国はフッ素が歯面をコーティングしているという科学的根拠データを持っているか。
3.フッ素による歯面のコーティングで虫歯が予防できるという科学的根拠はあるのか。あるなら根拠データの出典を示されたい。
●答弁書
1−3までについて
お尋ねの「歯面をコーティング」及び「歯面のコーティング」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。
「里見宏コメント」
1から3についても、フッ素コーティングについて国は統一見解を持っていないようである。
4.歯磨き剤を使った後で口腔内をゆすがないという新しい歯磨き方法を宣伝し販売することは法的に許されているか。
●答弁書
お尋ねの「歯磨き剤」、「宣伝し販売する」及び「法的に許されている」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。なお、医薬部外品である歯磨剤は、歯を磨くことを目的とした口腔用の外用剤であり、口腔内をゆすいではきだすことを行わずに、嚥下することを前提としてその製造販売が行われているものではない。
「里見宏コメント」
4について、ゆすいで吐き出さず飲み込むことを前提として製造販売の承認をしていないというので、NHKの放送は放送法違反となる。
5.歯磨き剤を飲み込んだとき安全とする科学的な根拠データ、特に疫学データはあるか。あるなら出典を示されたい。
●答弁書
お尋ねの「歯磨き剤」及び「飲み込んだとき」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。
「里見宏コメント」
5はデータがないから国は回答できないと決めつけておくのが良い。厚労省が困れば何か言ってくる。
6.「ラウリル硫酸ナトリウム」は発泡剤以外で許可されているか。
●答弁書
お尋ねの「許可されている」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。
「里見宏コメント」
6はラウリル硫酸ナトリウム(発泡剤)で使用しているので、色素などの汚れを落とす「界面活性剤」にまで拡大してNHKが流したことが問題である。
7.国立保健医療科学院の統括研究官である安藤雄一氏は「歯科の二大疾患であるう蝕と歯周病は共に不可逆的に進行し、その最終転帰が歯の喪失であるという特徴があります。」と日本疫学会のニュースレターで述べている。虫歯は不可逆的な疾患というのは間違いないか。
●答弁書
お尋ねの「不可逆的な疾患」の意味するところが必ずしも明らかでないが、例えば、特定非営利活動法人日本歯科保存学会が編集した「う蝕治療ガイドライン第2版詳細版」(以下「ガイドライン」という。)において「一般に、初期エナメル質う蝕(白斑)が進行すると、エナメル質の表層に原曲的な崩壊を生じ、いわゆるう窩が形成する。エナメル質にう窩が形成されるとその実質欠損が自然に修復されることはなく、う窩は時間の経過とともにその大きさを増す」と記載されていると承知している。
「里見宏コメント」
7は重大な議論で、詰めておく必要がある。エナメル質の白斑は細菌感染による酸の変性だけで起きるのか、それ以外にもフッ素で起きる歯牙症、何らかの傷によりエナメル質の屈折が変わり白斑として見えることもある。原因はいろいろある。しかも、フッ素がなぜ関与するのかのメカニズムも不明。(問10でも聞いている)
8.エナメル質のハイドロキシアパタイトの水酸基がフッ素イオンと置換してフルオロアパタイトになるということを科学的に確認した実験データはあるか。あるならその出典を記されたい。
●答弁書
8及び13について
お尋ねのデータについては、いずれも把握していない。
「里見宏コメント」
8の質問に「データは把握していない」という回答で「フルオロアパタイト説」は完全に捨てたといえる。あとは業界やフッ素を推進してきた歯科医に間違いを認めさせ、謝罪要求の運動である。
9.初期虫歯の定義を記されたい。
●答弁書
お尋ねの「初期虫歯」の意味するところが必ずしも明らかではないが、例えば、ガイドラインにおいて、「初期エナメル質う蝕は、う蝕進行開始時におけるう窩(実質欠損)の形成がないエナメル質病変、すなわちエナメル質表層の脱灰や表層下脱灰による白斑病・・・である」と記載されていると承知している。
「里見宏コメント」
9は7とダブっていますが、初期虫歯についてはエナメル質の白斑(う蝕)ということ。病巣かどうか確認する必要が出てきた。
白斑からエナメル質の表層に限局的な「う窩」出来た場合は自然修復がないと回答してきているので、ここは論点だと思います。白斑をう蝕と定義している事が間違いです。
初期虫歯は白斑という定義だということでしょう。無理があると思います。
10.エナメル質の初期齲蝕(白斑)は唾液中に存在する「過飽和」のリン酸イオンとカルシウムイオンが沈着することによって再石灰化を受け元通りに「回復」するというが、フッ素はそのときどの様に作用するかメカニズムを示されたい。
●答弁書
お尋ねの「再石灰化」及び「そのとき」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。
「里見宏コメント」
10はフッ素の作用メカニズムについては回答を放棄したと決めつけて良い。困れば何か言ってくるでしょう。学校で養護教員には役に立つ。
11.再石灰化と歯石の生成するメカニズムの違いを記されたい。再石灰化するときのエナメル質の結晶はエナメル質の結晶が成長しているのか。それともリン酸カルシウムの結晶がエナメル質に付着しているのか確認したデータがあるなら出典を示されたい。
●答弁書
お尋ねの「再石灰化」の意味するところが明らかでないため、お答えすることは困難である。
「里見宏コメント」
11はこれも、国はメカニズムについて回答できないと決めつけ学校でフッ素洗口を推進する歯科医に証明を求める運動を拡大することが養護教員の運動になる。
12.初期虫歯を過ぎた虫歯は再石灰化で治癒できないのか。できない理由は何か。
●答弁書
お尋ねの「初期虫歯を過ぎた虫歯」及び「再石灰化で治癒」の意味するところが必ずしも明らかでないが、例えば、ガイドラインにおいて、「エナメル質の初期う蝕が進行し、いったんう窩を形成すると、もはや自然治癒しない」と記載されていると承知している。
「里見宏コメント」
12は7と9に同じであるが初期虫歯の「白斑」という現象を解明すれば良いかと思う。フッ素は関係ないので国は回答してこないという判断もして良いと思う。
13.フッ化水素のミュータンス菌への殺菌力についてデータを持っているか。あるなら0.001ppm、0.01ppm、0.1ppm、0.8ppm,1ppmの殺菌力を記されたい。この濃度がないなら調べられている濃度の殺菌力を記されたい。
●答弁書
お尋ねのデータについては、いずれも把握していない。
「里見宏コメント」
13はフッ化水素のミュータンスへの菌殺菌作用について質問したが、「データは把握していない」との回答。フッ化水素による殺菌作用については問題を拡大しないという姿勢である。フッ化水素が唾液中に出て殺菌作用があるのではないかという、新しい仮説を検証しておく必要がある。唾液中のフッ化水素が虫歯予防に効果があるかの確認が必要になる。
国の「意味するところが明らかでない」という書き出しは多くの答弁書に使われだしています。責任を追及されないための担当官のテクニックである。
役所が「把握していない」という回答してきたときは根拠を持っていないということですから追及していくことが大事です。学校現場で使えます。
おわりに
むし歯が感染症であるなら、フッ素による予防の前に感染防止であった。感染症はまず感染源の特定と感染経路の遮断である。この確認を取らずフッ素を使うという根拠なき予防がどうして始まったか、似た誤った予防法の再現を防ぐためにその経過を知っておく必要がある。
科学的な根拠無しに、社会に広まったフッ素信仰を除けるのは教育以外にないと考える。教育現場の養護教員の間違いを正す新しい教育法の開発を期待するものである。
食品安全委員会答申「清涼飲料水評価書 フッ素」2012年12月
食品安全委員会
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000144307_2.pdf
報告書より
フッ化ナトリウムは吸収されてから30 分で血漿濃度がピークに達し、その濃度は吸収されるフッ化ナトリウムの濃度に依存して高くなる。フッ化物は主にフッ化水素(HF)の形態で吸収され、そのpKa(酸解離定数)値は3.45 である。4 mg のフッ化カルシウムを若年ボランティアに経口摂取させ、6 時間後に血液中フッ化物の濃度を測定したところ、フッ化カルシウムの摂取に関連した血液中フッ化物濃度の増加はみられなかった(IPCS 2002)。
McDonagh らは、飲料水中フッ化物濃度と歯のフッ素症の発生に関する88 報の疫学文献を解析し、得られた回帰モデルより、飲料水中フッ化物濃度が1.0 ppm の時の斑状歯の罹患率は48%(95%信頼区間:40〜57%)、そのうち外見上問題となる歯のフッ素症の罹患率は12.5%(7.0〜21.5%)と推定している。しかし、個々の研究結果間にはかなりの差が認められた。また、フッ化物濃度が0.4 ppm から1.0 ppm に上昇すると6 人に1 人が歯のフッ素症を発生し、このうちの1/4 が外見上の問題を生じると推定している(McDonagh et al. 2000)。
A 骨への影響
フッ化物摂取量の増加は骨格組織にも、より重大な影響を及ぼす可能性がある。飲料水中に3〜6 ppm のフッ化物が含まれていると、骨フッ素症(骨格の有害な変化)が観察される(WHO 2004)。一般に、重度の骨フッ素症は飲料水中のフッ化物濃度が10 ppm 以上のときに発現する(IPCS1984)。EPA は、濃度が4 ppm ならば重度の骨フッ素症にはならないとしている(US EPA 1985a)。
IPCS(2002)は、曝露と骨への有害影響との関連について検討し、以下のように結論づけている。
骨フッ素症又は骨折のリスクに関するいくつかの調査では、フッ化物摂取濃度との用量反応関係の定量的推定も行われている。中国及びインドで行われた研究は、飲料水中フッ化物濃度が1.4 ppm 以上では骨フッ素症の有病率が高まることを報告している(Xu et al. 1997、Choubisa et al.1997)。しかし、それらの研究では、(a)診断基準が必ずしも具体的に記されておらず、自己申告の症状に基づいて診断されている、(b)摂取源として飲料水だけが考慮されている、という二つの問題点がある。少なくとも中国及びインドのいくつかの地域では、食物摂取の寄与が飲水の寄与を大幅に上回る可能性があると推測している研究(Liang et al. 1997、Andoet al. 1998)があるため、後者の問題点は重要であろう。したがって、飲料水中フッ化物濃度が1.4 ppm を上回る地域の高い有病率が他の摂取源に起因するという可能性も排除できない。これらの研究では、総摂取量が14 mg F/日以上の場合には骨のフッ素含有量の明らかな過剰が認められるが、摂取量が3〜14 mg F/日の範囲では骨フッ素症罹患率が著しく不確かであるため、様々な摂取源に由来するフッ化物の総摂取量と骨フッ素症のリスクとの間の定量的な関係を推定することはできない。骨折に関する研究も、( a) フッ化物の摂取範囲を判断できる研究は限定されており(Kurttio et al. 1999、Li et al. 2001)、(b)結果は一貫性がなく、男女ともに明確な傾向がない、(c)フッ化物の総摂取量が推定されていない、という三つの理由のために、解釈が困難である。ただし、様々な摂取源を解析し、総摂取量の推定値を明らかにした中国の研究(Li et al. 2001)が唯一みられる。この研究では、フッ化物濃度が1.45 ppm 以上の飲料水を摂取した場合に骨折全体のリスクが高まる傾向が示唆されたが、最高摂取濃度(飲料水中フッ化物濃度 4.32 ppm(総摂取量14.13 mg F/日)超)でのみ相対リスクが統計学的に有意だった(相対リスク=1.47、p=0.01)。飲料水中フッ化物濃度が1.45〜2.19 ppm の範囲(総摂取量6.54 mg F/日)では、骨折全体の相対リスクは1.17 であり、股関節部骨折の相対リスクは2.13 であった(どちらも有意差なし)。まとめると、中国及びインドでの研究に基づく推定値は次の二つのことを示している。すなわち、(a)総摂取量14 mg F/日では、骨への有害影響の過剰リスクが明らかになる、(b)フッ化物の総摂取量が約6 mg F/日の場合、骨への有害影響のリスクが高まることを示唆する証拠がある。
なお、IPCS(2002)は、最新の疫学データ及び実験動物データを解析し、総じて実験動物における発がん性の証拠は決定的なものではなく、証拠の重みからはフッ化物がヒトにがんを発生させるとはいえないとしている。しかし、ほとんどの疫学研究では骨肉腫についての評価を行っておらず、骨肉腫に関するデータは相対的に限定されているとしている。
腎炎の患者等は、平均的な健常人に比べてフッ化物の影響に対する安全域が小さいことが知られている。しかし、この問題に関して入手可能なデータは非常に限られているため、そのような人のフッ化物中毒に対する感受性を定量的に評価することはできない(US EPA 1985b、Janssen et al.1988)。
異なるフッ化物濃度の飲料水を摂取する中国の二つの地域の512 人の子ども(8〜13 歳)を対象に二重盲検法でIQ(知能指数)テストが行われた。高濃度地域(Wamiao)の飲料水のフッ化物平均濃度は2.47±0.79(範囲0.57〜4.50 mg/mL)で、低濃度地域(Xinhuai)の飲料水のフッ化物平均濃度は0.36±0.15(範囲0.18〜0.76 mg/mL)であった。テスト対象は石炭の煙気、工業汚染、だん茶の摂取など他の有意なフッ化物源に曝露されておらず、飲料水が唯一のフッ化物曝露源であった。Wamiao 地域の子どもの尿中フッ化物濃度は3.47±1.95(範囲0.90〜12.50)mg/mL で、Xinhuai 地域では1.11±0.39(範囲0.47〜2.50)mg/mL であった。IQ テストの結果、Wamiao 地域(高曝露地域)の子どものIQ(92.2 ± 13.00)
はXinhuai 地域(低曝露地域)の子どものIQ(100.41 ± 13.21)と比べて低く、カットオフ値をIQ80 未満、ベンチマークレスポンスを10%とした時の10%影響に対するベンチマーク濃度(BMC10)は2.32 ppm、10%影響に対するベンチマーク濃度信頼下限値(BMCL10)は1.85 ppm であった(Xiang et al. 2003)。
外見を損なう歯のフッ素症(中等度から重度)が毒性又は有害影響であるかどうかについてはかなりの議論がある。EPA は、このような歯のフッ素症は毒性又は有害影響ではなく、美容上の影響であるとした(US EPA 1985a)。歯のフッ素症と飲料水のフッ化物濃度の関係についての疫学研究は米国で多く実施された(US EPA 1985a)。これらに基づくと、美容上問題となる歯のフッ素症のNOAEL は、飲料水中のフッ化物濃度として約1.0 ppm である。子どもの体重を20 kg、1 日の飲水量を1.0 L とし、食物からのフッ化物の摂取量を0.01 mg/kg 体重/日(US EPA1985a)とすると、飲料水中フッ化物1 ppm のNOAEL は、0.06 mg/kg体重/日と一致する。データが高感受性集団(子ども)でのみ得られているため、不確実係数は1 が適切である。骨フッ素症になるには、1 人当たり20 mg/日以上で20 年間のフッ化物摂取、すなわち0.28 mg/kg 体重/日が必要であるとされてきた(US EPA 1985b)。ヒトの骨フッ素症のNOEL
は未知であるが、フッ化物曝露の安全濃度の決定は可能である。
米国では飲料水中のフッ化物濃度が4 ppm(1 日2 L 飲水)で骨フッ素症が起きたケースはない(US EPA 1985a)。体重70 kg の大人が0.01 mg/日のフッ化物を食物から摂取し、8 mg/日のフッ化物を飲料水から摂取(フッ化物濃度4 ppm、1 日2 L 飲水)するならば、全体で0.12 mg/kg 体重/日の摂取量となる。したがって、フッ化物0.12 mg/kg 体重/日の量は、厳しいエンドポイントにおける安全曝露濃度である。
5)厚生労働省(2003)
我が国における水質基準の見直しの際の評価の概要は以下のとおりである。
フッ素は、必須元素と考えられているが、必ずしも明確な根拠は示されていなく、最小栄養学的必須摂取量も設定されていない。経口摂取による急性毒性の発現には1 mg/kg/ 日の摂取が必要であるとされている(Janssen et al. 1988)。
数多くの疫学研究からは、飲料水濃度2 mg/L以上で虫歯の予防効果が特に子どもにおいて増強されることが報告されており、この作用は少なくとも約0.5 mg/L以上の濃度が必要であるとされている。しかし、0.9〜 1.2mg/Lの範囲の飲料水中のフッ素濃度は、軽度の斑状歯を12〜46%のヒトに発生させることも報告されている。より高濃度の飲料水濃度では、骨へのフッ素沈着が認められ、骨の内部構造変化も引き起こすことが報告されている。最近のいくつかの研究からは1.4 mg/L以上で骨へのフッ素沈着の発生頻度や骨折リスクが増加するとされているが、診断基準の曖昧さや飲料水以外、主に食物からのフッ素の摂取量の扱い方などについて、不確実性が残っているとしている。総合的には14 mg/日以上の総フッ素摂取量では明らかな骨への有害影響があり、約6 mg/日以上の総フッ素摂取量では有害影響のリスクを増加させることを示唆する知見が認められると結論している(IPCS 2002)。
我が国においては、斑状歯発生予防の観点から現行値の0.8 mg/L を継続することが妥当と考えられる。
骨への影響については、中国における疫学研究に基づき、フッ素の総摂取量が14 mg/日以上(体重を50 kg とみなすと0.28 mg /kg 体重/日)の場合、骨格への有害影響の過剰リスクが明白であり、フッ素の総摂取量が6 mg/日(体重を50 kg とみなすと0.12 mg/kg 体重/日)の場合、骨格への影響のリスクが高まることが示唆されるとされている。
歯への影響については多くの研究が行われている。このうち中国で行われた大規模な調査では、フッ化物を1 mg/L 含有する飲料水の場合、調査対象集団の46%で歯のフッ素症が検出されたことが報告されているが、本報告の詳細は不明であり、また、食物からのフッ化物の摂取量は明らかではなかった。一方、米国での12〜14 歳の子ども5,800 人を対象とした疫学調査では、飲料水中のフッ化物濃度2〜10 ppm で斑状歯出現に線形の用量依存性があり、0.1〜1.0 ppm では影響がなかった。この調査に基づいて、影響の出なかった濃度1.0 ppm から、子どもの体重20 kg、1 日の飲水量1 L とすると、飲料水からのフッ素摂取量は0.05 mg/kg 体重/日となる。この値は、飲料水摂取のみから算出されたものであるが、他の食品からの摂取量が不明であることから、より安全側に立った値としてNOAEL と判断した。今後、フッ素の飲料水からの寄与率及び曝露実態の知見の集積が必要である。また、このNOAEL は感受性の高い集団を対象としたものであり、不確実係数を適用することなく、この値をTDI とみなすことができると考えられる。
以上より、フッ素のTDI を0.05 mg/kg 体重/日と設定した。
TDI 0.05 mg/kg 体重/日(フッ素として)
(TDI 設定根拠) 米国の12〜14 歳を対象とした疫学研究
<参考>
フッ素の水質基準値の上限である濃度0.8 mg/L の水を体重50kg の人が1日当たり2L摂取した場合に、1 日当たり体重1kg の摂取量は、0.032 mg/kg体重/日と考えられる。この値は、TDI 0.05 mg/kg 体重/日の約3 分の2 である。
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)、意見書「天然ミネラルウォーター中のホウ素及びフッ化物の最大許容量は、飲料水規則に準ずるべきである」を公表
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)は、意見書「天然ミネラルウォーター中のホウ素及びフッ化物の最大許容量は、飲料水規則に準ずるべきである」(16ページ)を公表した。概要は以下のとおり。 天然ミネラルウォーターに含まれるミネラルについて、消費者に健康リスクのないよう、欧州レベルで最大許容量が設定され、2008年より統一して適用される。現在、既定の最大許容量の再検討及び、基準のない物質に対し必要な場合には最大許容量の設定を行っており、目下ホウ素とフッ化物についてその作業が行われている。 EC規則(2003/40/EC)では、ホウ素の最大許容量は設定されておらず、フッ化物の最大許容量は5mg/L(2008年1月1日より有効)である。天然由来のホウ素もフッ化物も、ヒトに必須ではない。多量に摂取すると、ホウ素では動物実験で生殖及び胎児の発達に有害影響があり、フッ化物では年齢により骨格あるいは歯にフッ素沈着が起こる。骨格に過度にフッ素が沈着すると、骨の弾力がなくなり骨折のリスクが高まる。1.評価対象 欧州食品安全機関(EFSA)はホウ素及びフッ化物について許容上限摂取量(UL)を勧告しているが、天然ミネラルウォーター中の濃度が、ホウ素1.5mg/L以下、フッ化物1mg/L以下であれば、全ての年齢層でULを超過することはないとの見解を示した。 BfRはこれに対する見解及び、ホウ素の最大許容量設定の必要性、2003/40/ECに規定されているフッ化物最大許容量を引き下げるべきかについての見解を示した。2.結論 BfRの見解はEFSAの見解に通ずるものである。ミネラルウォーター以外にも暴露源があることを考慮し、国際及び国内規則においてホウ素及びフッ化物の最大許容量は飲料水規則に準ずるよう、すなわちホウ素0.5〜1mg/L、フッ化物1〜1.5mg/Lに設定するよう勧告する。 「ベビーフード調理用」の天然ミネラルウォーターのホウ素及びフッ化物量は、これらの最大許容量を大幅に下回るべきである。
http://www.bfr.bund.de/cm/208/hoechstmengen_fuer_bor_und_fluorid_in_natuerlichen_mineralwaessern_sollten_sich_an_trinkwasserregelungen_orientieren.pdf。
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