「細菌」でなく「ウイルス」よる食中毒は新しい問題(Q&A)
健康情報研究センター 里見宏(Dr.P.H.)
質問「今年はじめノロウイルスの集団食中毒がニュースになりました。なぜノロ食中毒が流行っているのですか。来年も猛威をふるうのでしょうか」
回答「ノロウイルス食中毒を防ぐ有効な予防法がないからです。これまで食中毒の原因は細菌が主流でしたが、最近ウイルスの食中毒が出て予防法がありません。来年も中毒は起きるでしょう。」
質問「ノロウイルスとは」
回答「1968年、アメリカの「ノーウォーク」と呼ばれる町の小学校で食中毒が起きました。患者の便から新しいウイルスが発見され、発見された土地の名前をつけて「ノーウォークウイルス」と呼ばれました。1972年、このウイルスが小さく、球形をしていたことから「小型球形ウイルス」と名前が変更され、2002年、このウイルスには遺伝子の違いから2種類あり「ノロウイルス」と「サポウイルス」と名称が変更されました。このノロウイルスは実験的に増やせないのでわからないことがたくさんあります。
質問「ウイルス病の研究は遅れているのですか」
回答「ノロだけでなく、多くが研究中で遅れている分野です。マダニにかまれてウイルスがうつるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)は2011年に初めてわかった病気です。ブタ流行性下痢というウイルス病は1971年発見されました。ワクチンが出来れば脅しが始まり大きな社会問題になるでしょう。」
質問「ノロは手洗い、消毒で防げる食中毒ですか」
回答「手洗いでノロは防げません。にもかかわらず、学校で子どもたちに予防法として手を洗わすのは非科学的指導になります。学校でやることは教育効果を持ちますから、ノロやインフルエンザ予防に手洗いを繰り返していることは大きな間違いです。
効果のある予防法や治療法がある場合は手を洗えとか消毒だなんて言わないのです。塩素でウイルスがいるかどうかも分からず消毒して見せる演出は間違った手法です。安全・安心を、科学を装って作り出すのは罪深いと思います」
質問「ではどうすればいいのですか」
回答「個人的には食べたいものを食べていいのですが、食品をナリワイにしている食のプロは生カキを食べないのが一番です。加熱して食べてください。学校給食の関係者でどうしても生カキを食べたい人は金曜日の夜なら、学校給食が始まる月曜日には発症するので感染がわかります。でも、下痢しても調理してしまうとだめです(24?48時間が潜伏期とされる)。また、発病しないでウイルスを出す人もいますから(不顕性感染)基本は生カキを食べないのがプロというものです」
質問「気をつけるのは生カキだけですか」
回答「日本ではアサリやシジミの生を食べないのですが、もし食べている人がいたら生カキと同じです。シジミの醤油漬けも一緒です。2枚貝はエサの取り方がアワビなどと違うのでノロウイルスを持っている可能性があります。貝の内蔵ごと食べるのが危ないのです。アメリカやヨーロッパでは生カキ、生アサリを食べるのでノロ食中毒が起きています。」
質問「なぜカキやアサリ、シジミなのですか」
回答「2枚貝はエサのプランクトンを吸い込む時ノロウイルスも一緒に吸い込んでいるのでウイルスがたまっていくとされます。それから、生カキは明治以降に日本に入ってきた習慣で何気なく生食をしますが内蔵を食べるので安全ではないのです。アサリもシジミも同じです」
質問「生食用カキと表示があるものでもダメですか」
回答「ウイルスのノロには無力です。「生食用カキ」と「加熱加工用カキ」の違いは細菌数だけです。例えば生食用カキは1gにつき細菌5万個以下、大腸菌は100gで230個以下など。ウイルスについては想定外で決まりはありません」
質問:生食の貝以外にも、原因となるものはあるのでしょうか?
回答:ノロに感染している人の手などについたウイルスが食品を汚染する場合です。今回の学校給食のパンなどがそれにあたります。(2次汚染と言います)
質問:ノロウイルスは、どこに存在していますか?(貝の場合は海の中でしょうが〉
回答:人の腸粘膜や二枚貝の中腸腺とされますがこれから情報が増えれば宿主も増えてくると思います。
質問:ノロウイルスは何度でもかかる病気ですか。一度罹患すれば抗体は出来ないのですか?
回答:半年位は抗体が上がるとされます。不顕性感染の人がいるのもそのためかもしれません。しかし、ウイルスの型が多く感染発病する人もいるでしょう。東南アジアに住む日本人宅でカキをご馳走になった人が発病し、現地の日本人は大丈夫だったという例があります。
質問:ノロウイルスが広がる原因は、便だけでしょうか。空気感染や接触感染はどうでしょうか?
回答:ノロウイルスの感染経路はいろいろ考えられています。厚労省のQ&Aでも次のような経路が挙げられています。
汚染されていた二枚貝を、生あるいは十分に加熱調理しないで食べた場合。
患者のノロウイルスが大量に含まれるふん便や吐ぶつから人の手などを介して二次感染した場合。
(3)家庭や共同生活施設などヒト同士の接触する機会が多いところでヒトからヒトへ飛沫感染等直接感染する場合。
(4)食品取扱者(食品の製造等に従事する者、飲食店における調理従事者、家庭で調理を行う者などが含まれます。)が感染しており、その者を介して汚染した食品を食べた場合。
(5)ノロウイルスに汚染された井戸水や簡易水道を消毒不十分で摂取した場合 などがあります。
質問「塩素で消毒しないとだめといわれていますが」
回答「ノロウイルスにはエンベロープという膜がないからアルコールは効かないと誰が言い出し、もっともらしくインターネットに効かないと書く人が出てきました。給食現場はアルコールを塩素に替え、手まで洗うことになってしまいました。塩素の濃度は200ppmです。勝手に釜や手まで塩素で消毒という過剰防衛が起きています。使い方も噴霧式で塩素を撒いています。200ppmの塩素で手を洗えば手荒れも起きます。国立感染症研究所も「次亜塩素酸系消毒剤を使って、手指等の体の消毒をすることは絶対にやめてください。」と警告しています。
質問「アルコールが効かないというのは本当ですか」
回答「厚労省のホームページのQ&Aに「エタノールや逆性石鹸は“あまり”効果がありません。」と書いてあります。「あまり」の意味がわかりません。市販のアルコール消毒(70%)で30 秒間の接触で99.94%以上が死にます(不活化)。
これは普通使う消毒用アルコール(70%)が使えるということです。塩素剤は安くアルコールは高価ということも関係してるかもしれません。しかし、こうだと言い切れない問題があります。ノロウイルスは培養できないので似た仲間のウイルスを使ってこの結果が出ているからです。」 出典:「ヒトノロウイルスの代替としてマウスノロウイルスを用いた消毒薬による不活化効果」清水、牛島ら(日本環境感染学会誌 Vol. 24 (2009) No. 6 388-394)
注:現時点でも、ノロウイルスは培養できないため科学的に根拠のある情報が少ないのです。似た別のウイルス(ネコカリシウイルス、イヌカリシウイルス、ネズミカリシウイルス、A型肝炎ウイルスなど)で行ったデータをもとに、ノロウイルスに当てはめています。
質問「塩素ですべての菌やウイルスが殺せるのですか」
回答「塩素は万能ではありません。菌ですら生き残ります。O157と一般生菌をつけたレタス、キャベツに100、200、400ppm の次亜塩素酸ナトリウムで殺菌した実験だと、濃くしても殺菌能力は同じ。殺菌開始1分間がもっとも効果があり、それ以上(1〜3 分)時間を延長しても殺菌できなかったと報告されています。」
出典:平成16年度病原微生物データ分析実験作業成果報告書「野菜・果物における洗浄殺菌効果の検討」
質問「塩素はアルコールに比べ安いのですが安全性は大丈夫ですか」
回答「塩素は野菜と反応して発ガン物質(トリハロメタン)ができます。野菜を塩素殺菌したらどのくらいトリハロメタン(クロロホルム)ができるか実験結果を表に示しました。少しですが発ガン物質の負担を食べる人がすることになります。
表 塩素処理後凍結乾燥野菜のクロロホルム量
キクナ
次亜塩素酸ナトリウム
クロロホルム
0ppm
0.038μg/g
200ppm
0.071
2000ppm
0.173
出典:「次亜塩素酸ナトリウム処理野菜におけるクロロホルムの生成に関する研究」市川富夫、日本公衆衛生雑誌 34巻10号 661−663 1987
質問「ノロはかかってはいけない危険な病気ですか」
回答「ノロは皆さんが思っているより軽い病気です。吐いたり、下痢したりで、非常に気分は悪いし本人は死ぬ思いかもしれません。でもそれほど心配しなくて大丈夫です。一日も経てば治ります。治療法がありませんから病院にいっても点滴して水分を補給するくらいです。下痢止めは処方しません。下痢や嘔吐は体外に危険物を緊急排出する仕組みだからです。(老人や免疫不全者はノロだけでなく感染症全てが危険です。)
他人事だからそんなことを言うと思われるかもしれませんが、昨年、私も知人のカキパーテイで発病するか確かめてみました。食べたカキは1個ですが発病しました。一緒に食べた友達は病院で点滴を受けたと連絡してきました。1個でも当たるので、生カキを食べるときは覚悟がいるようです。
ノロウイルス中毒は贅沢の上に成り立っている食中毒かもしれません。先進国に多い中毒になっています。
病気(感染)は悪いことという風潮が出てきています。それが一番怖いことです。ノロは絶滅できませんから時々起きるでしょう。日本にはサシミ文化があります。中毒を起こさないようにする共通認識が成立しているので文化として維持できています。生食文化は知識と技術が必要です。ところがウイルス性中毒にはそこまでの対応がありません。それまでは人に迷惑かけないようにしながら食べてください。」