ノロウイルスと塩素情報

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健康情報研究センター 里見宏


こんな事例が
1)一人暮らしの老人向け弁当を作っている小規模施設です。野菜や食材を下処理した調理台を規定濃度の塩素液で拭いて、調理にもお弁当詰めにも使っています。前は消毒用アルコールで拭いていましたが、神経質になって塩素消毒になりました。手も塩素で消毒します。こんなに塩素を使う必要がありますか?塩素以外に食中毒防止の対策はありませんか。

2)「手洗いやうがいが十分に行なわれ、その結果ノロウィルスによる食中毒の発生件数が減った」と新聞に載っていました。衛生管理基準で禁止項目を増やすよりも、手洗いやうがい、日常の健康管理が食中毒予防の基本であることが証明されたということではありませんか。短絡的ですか。

3)現状の給食現場では塩素による消毒が主流になりつつありますが、健康被害や環境への影響を考えると怖いことです。塩素は調理従事者、受託会社の調理従事者の洗浄作業の軽減が目的に思えます。

4)食材を塩素水で洗っているのは何のためですか?家庭でそんなことをする話は聞いたことがありません。給食の食材は塩素水で洗わないといけないほど危ないものなのですか。

塩素で手まで殺菌
 食の基本は洗浄です。野菜や果物も洗浄です。ついている汚れを水で洗い落とすのです。集団給食など大量生産のなかで消毒殺菌が行われていますが、食べる人の側に立った発想・方法でありません。
 学校給食の衛生管理基準も洗浄としています。例外で殺菌が必要と判断されたら、野菜や果物に使うことができるとしています。 殺菌しなければならないような野菜や果物が納入されることが異常です。 しかし、ノロウイルス中毒がでてきて誰が言い出したか明確ではありませんが、アルコールは効かない、200ppmの塩素だということになっています。 勝手に釜や手まで塩素で消毒という過剰防衛が起きています。使い方も噴霧式で塩素を撒いています。国立感染症研究所も「次亜塩素酸系消毒剤を使って、手指等の体の消毒をすることは絶対にやめてください。」と警告しています。

(http://idsc.nih.go.jp/disease/norovirus/taio-a.html)

ノロウイルスは感染力は強いが、重篤にはならない
 米国のCDCは( July 20, 2009 )「ノロウイルスは非常に感染力が強いウイルスですが、その感染症は通常、あまり重篤にはなりません。 患者は非常に気分が悪くなり、頻繁な嘔吐や下痢を引き起こすため、失った水分を補給しないと脱水症状を起こします。 多くの場合〜2日で回復し、長期的な悪影響は残りません。 ノロウイルスに感染したら症状について医療スタッフの指示を受けてください。
水分を十分に摂取してください。手洗いを励行してください。ノロウイルスの感染・汚染を防ぐには手洗いを励行してください。 トイレやおむつ替えの後、あるいは食事や調理の前に手を洗ってください。 家庭内に病人がいる場合は、もっと頻繁に手を洗ってください。 手用のアルコール性除菌液 をご利用ください。」としています。

誰が言い出した
 ノロウイルスにアルコールが効かないと信じている学校給食現場もあります。しかし、これは根拠がありません。
 現時点でも、ノロウイルスの情報は科学的に根拠のあるものが少ないのです。どうしてかというと、ノロウイルスを培養する方法がなく、また人間以外の動物にノロウイルスを与えても発症しないので、動物実験でいろいろ確認することができないからです。
 では85度1分とか200ppmとかアルコールは効かないという話はどこからでてきたのでしょうか。 似た別のウイルス(ネコカリシウイルス、イヌカリシウイルス、ネズミカリシウイルス、A型肝炎ウイルスなど)で行ったデータをもとに、ノロウイルスに当てはめています。
 野菜や果物を次亜塩素酸ナトリウムの200ppmで5分、100ppmで10分というのも確定したものではありません。 逆に効いていない可能性もありますし、過剰防衛である可能性もあります。国立感染症研究所のHPにはノロウイルスについて「温度に対しては、60℃程度の熱には抵抗性を示す。したがってウイルス粒子の感染性を奪うには、次亜塩素酸ナトリウムなどで消毒するか、85℃以上で少なくとも1分以上加熱する必要があるとされている。」と「されている」という伝聞になっています。

  【資料】
食品安全委員会の「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル及び今後の課題「食品中のノロウイルス」(2010年3月)」によれば不活化ノロウイルスは培養系が見いだされていないことから、正確な不活化条件が明らかでな、形態学的にノロウイルスと類似しているネコカリシウイルス、イヌカリシウイルスの成績が参考データとして用いられている。 さらに、最近ではネズミノロウイルスのデータが用いられることもある。

@ 加熱
ネコカリシウイルスあるいはイヌカリシウイルスを用いた不活化の実験結果では、ウイルスの不活化温度に違いが見られる。人の腸管から排泄されるウイルスでノロウイルスとほぼ同様の形態を有するもののうち、加熱及び化学物質に対する抵抗性が強いとされているA型肝炎ウイルスの不活化条件について、WHO 注3)及びCDC 注4)では85℃1 分間という条件を規定している。また、一般的にタンパク質は85℃で凝固することが知られていることから、ノロウイルスの不活化条件は暫定的に85℃1分間とされている。なお、カキ等の二枚貝は85℃1分間の加熱を行うことにより、中腸腺は完全に凝固することから、ウイルス蛋白も凝固し、感染性も失われるものと考えられる。

資料
09年、牛島らは「次亜塩素酸ナトリウムとマウスノロウイルスは1000ppm および200ppmで30秒間の接触によりウイルスは99.998%以上不活化して検出下限以下になった。125ppmの場合、30秒間の接触でウイルスは99.99%以上不活化し、8分間の接触で99.999%以上不活化して検出下限以下となった。50ppm の場合は、1分間の接触で99%程度不活化したが、その後は極めて緩やかに不活化し、60分間の接触後の不活化率は99.8%であった。また、エタノールと接触させた場合、エタノール70v/v%で、30秒間の接触で99.94%以上不活化して検出下限以下となった。エタノール濃度40v/v%の場合は、エタノールとの接触によるウイルスの不活化は緩やかであった。濃度70v/v%以上のエタノールと接触させた場合には30秒間の接触で99.9%以上のウイルス不活化が期待できる。」と報告している。(「ヒトノロウイルスの代替としてマウスノロウイルスを用いた消毒薬による不活化効果」清水、牛島ら(日本環境感染学会誌 Vol.24(2009) No.6 388-394)
 これは普通使う消毒用アルコール(70%)が使えるということです。野菜や果物にアルコール消毒ということは未成年者には出来ません。だいたい野菜や果物を塩素殺菌しないといけないのでしょうか。

  塩素消毒やアルコール消毒で食中毒はどのくらい防げているのか
一般細菌、大腸菌群、大腸菌の検査でわかること
 食品についている菌を全て調べてから調理することは時間的に無理です。そこで、食品の管理がどのくらいできているかの目安として検査されます。 しかし、この検査で食中毒を防げると思っている人もいますが、そううまくはいきません。
 食中毒防止は食べる人の健康状態が重要になってきます。しかし、学校給食のように多くの子どもが食べる場合、それぞれの健康状態が違い、強い子から弱い子まで幅があります。一番弱い子に合わせておく必要があります。

資料
塩素で殺菌しても菌は生き残る
 平成16年度病原微生物データ分析実験作業成果報告書によれば「生食用サイズに切断したレタス、キャベツおよびキュウリの洗浄殺菌に、有効塩素濃度100、200、400ppm の次亜塩素酸ナトリウム溶液について検討したところ、接種したO157菌数と一般生菌数に対する洗浄殺菌効果には、濃度間に顕著な差は認められなかった。  また、O157菌数と一般生菌数は、野菜の洗浄殺菌開始1分間がもっとも減少し、5分間以降の接種したO157菌数と一般生菌数は、ほぼ一定になった。これらの結果から、野菜・果実の洗浄殺菌で単に次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度のみ高めても、期待されるほど殺菌効果が上昇しないと考えられた。 また、1〜3 分間の洗浄殺菌後に生残した野菜・果実加工品の微生物は、さらに洗浄時間を延長しても殺菌が困難であると考えられた。
野菜・果実の切断面に接種したO157の菌数は次亜塩素酸ナトリウム溶液を用いても減少させることが困難であり、野菜・果実の切断面に食中毒菌等の汚染があった場合、洗浄殺菌は非常に難しいと考えられた。
 次亜塩素酸ナトリウム溶液1000mlに浸漬するレタス、キュウリの重量を50gから200gに増量するにしたがい、次亜塩素酸ナトリウム溶液の有効塩素濃度の減少率は高くなった。
野菜・果実の除菌の目的で殺菌剤を用いる際、あまり大量の野菜・果実を浸漬することは有効塩素の急激な減少により、十分な洗浄殺菌効果が得られない可能性もある。 (平成16年度農林水産省食品製造工程管理情報高度化促進事業:平成16年度病原微生物データ分析実験作業成果報告書「野菜・果物における洗浄殺菌効果の検討」平成17年2月
独立行政法人 農林水産消費技術センター

http://www.shokusan.or.jp/haccp/news/pdf/16_8syouhigijyutu.pdf#search

塩素殺菌の危険性トリハロメタンの生成
 トリハロメタンは水道水の塩素殺菌で出来上がる物質でいろいろな構造の化学物質ができることがわかっています。 トリハロメタンは、メタンにつく4つの水素原子のうち3つがハロゲンに置き換わった化合物です。 代表的なものにクロロホルム(CHCl3)です。水の中のフミン質などの有機物質が塩素と反応して生成されます。 クロロホルムは肝ガンや腎臓ガンを引き起こすことが知られています。
厚生労働省が省令で定めた浄水における水質基準のうち、トリハロメタンは下記の基準が在ります。

クロロホルム - 0.06 mg/L
ジブロモクロロメタン - 0.1 mg/L
ブロモジクロロメタン - 0.03 mg/L
ブロモホルム - 0.09 mg/L
総トリハロメタン - 0.1 mg/L

食品安全委員会は「清涼飲料水中の化学物質(クロロホルム、ブロモジクロロメタン、ジブロモクロロメタン、ブロモホルム、総トリハロメタン)の規格基準改正に係る食品健康影響評価について」で耐用一日摂取量(TDI)を

クロロホルム        12.9μg/kg体重/日
ジブロモクロロメタン    21.4μg/kg体重/日
ブロモジクロロメタン     6.1μg/kg体重/日
ブロモホルム        17.9μg/kg体重/日

http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20090611ko1

塩素殺菌で野菜にできるトリハロメタン野菜を塩素殺菌したらどのくらいトリハロメタン(クロロホルム)ができるか報告書から数値を探すと、日本公衆衛生雑誌にキクナの報告がある。
「次亜塩素酸ナトリウム処理野菜におけるクロロホルムの生成に関する研究」市川富夫、日本公衆衛生雑誌 34巻10号 661−663 1987

表 菊菜の塩素処理とクロロホルムの量
処理法      処理なし    塩素処理(NaClO)後茹  ゆで後塩素処理
クロロホルム量  0.022μg/g    0.029μg/g       0.195μg/g

表 塩素処理後凍結乾燥野菜のクロロホルム量
次亜塩素酸ナトリウムクロロホルム
キクナ0ppm
200ppm
2000ppm
0.038μg/g
0.071
0.173
ゴボウ0ppm
200ppm
0.093
0.061
シイタケ0ppm
200ppm
0.101
0.180


「次亜塩素酸ナトリウム処理野菜におけるクロロホルムの生成に関する研究」市川富夫、日本公衆衛生雑誌 34巻10号 661−663 1987

トリハロメタンの生成
 次亜塩素酸水を用いた殺菌処理により、トリハロメタンがどれくらい生成・残存するかを検証するため、以下の図のような行程を基本とした実験を実施した。次亜塩素酸水の代わりに水道水等を用いて同様の実験を行い、また、次亜塩素酸水生成時(A)によるトリハロメタンの生成量についても検証した。
1)微酸性次亜塩素酸水(pH 5.9、有効塩素濃度78 mg/kg)を用いてホウレンソウ(1 束)を10 分間浸漬処理、水道水にて1 分間すすぎ洗いをし、残留塩素及びトリハロメタンを測定した。対照実験として殺菌処理水(B)に次亜塩素酸ナトリウム溶液及び水道水を用いた。測定点は以下のとおり。

@ 水道水
A 微酸性次亜塩素酸水、次亜塩素酸ナトリウム溶液、水道水
B 未処理ホウレンソウ、殺菌処理後のホウレンソウ
C すすぎ洗いをした後のホウレンソウ

また、微酸性次亜塩素酸水生成時におけるトリハロメタンの生成量を確認するため、水道水を活性炭処理により残留塩素及びトリハロメタンを除去後、微酸性次亜塩素酸水を生成し、生成された微酸性次亜塩素酸水の有効塩素濃度及びトリハロメタンを測定した。
 その結果、微酸性次亜塩素酸水で処理をした食品中のトリハロメタン量は水道水の約1/4程度であり、次亜塩素酸ナトリウム処理と比較しても、低い値を示したことから、食品中へのトリハロメタン残存量は低いと考えられる。また、トリハロメタン除去後の水道水により生成した微酸性次亜塩素酸水中のトリハロメタン生成量(0.0037 mg/L)は、水道水により生成したもののトリハロメタン生成量(0.0469 mg/L)に比べ非常に少ない量であることから、微酸性次亜塩素酸水の生成におけるトリハロメタン生成量は水道水に含まれるトリハロメタンに大きく左右されるものと考えられる。なお、いずれの水溶液で殺菌処理をした食品中からも有効塩素は検出されなかった。

http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_tenkabutu_sodiumch_210611.pdf

http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20061128te1

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