日本では学童へのインフルエンザワクチンの接種がなくなり、超過死亡が増えだしたという論文が「ニューイングランド ジャーナル オブ メディスン」という医学雑誌の3月22日号に掲載されました。この報告はトーマス レイチャー(THOMAS A. REICHERT, PH.D., M.D)や日本鋼管病院の菅谷憲夫医師ら6人の連名で書かれたものです。論文のタイトルは「インフルエンザに対して学童へ予防接種をした日本の経験」と題がつけられています。 内容は「学童が流行を広げるのだから接種が義務付けられるべきである。」として、 1962年に学童接種の計画が始まり、1977年には義務化された。1970年代半ばから1980年代の後半までに、日本の学童の50%から85%が接種を受けた。1987年、法が変わり、両親が子どもへの接種を拒否してもいいことになった。1994年にはワクチンの効果への疑問が広がったため、政府は接種を断念した。こうした経過を踏まえ冬季のインフルエンザ流行シ−ズンの超過死亡を調査してみた。」というのです。
その結果、「摂取が始まった 1962年から1972年までに、日本の5年間の超過死亡平均は半分に。1972年から1987年まではアメリカの40%に。ところが摂取が減った1987年以後日本では着実に増加、1994年以後急勾配で増加し、1962年以前の水準にもどってしまった。」というのです。(下図は上が日本、下がアメリカ)
この発表に対し、6月21日の同紙に他の研究者から問題点が指摘されました。それに対し反論も掲載されました。反論が重要なのでお知らせします。
日本におけるインフルエンザワクチンの学童接種
<投書1>
Reichert 等(3月22日号で)は、1949年から1998年の間の日本とアメリカにおける超過死亡を比較している。そして、関連要因の中で彼らが唯一評価を行った学童へのインフルエンザワクチン接種が、1970年から1990年の間のインフルエンザによる高齢者の死亡率を低下させた、と結論付けている。しかし、著者らは、全く異なった経済的・人口統計学的な性質を持つ2つの集団を比較しており、こうした方法で導き出された結果は不正確である可能性が高い。また、複数世代が同居する家に住む高齢者は、ワクチン接種を受けていないその他の家族メンバー(大人)との接触もある。
アメリカでは、1950年には8%だった65歳以上の高齢者の割合が、1998年には13%まで少しずつ増加している。一方日本では、1950年には5%だったが、1985年には10%、1998年には16%に増加している。通常であれば増加していくはずの高齢者層の死亡者数が、1950年から1980年にかけて減少していることは、衛生環境の改善と劇的な経済状況の変化の影響として説明することができる。また、日本における1990年以降の超過死亡の増加は、インフルエンザ感染に対して抵抗力の弱い高齢者数の全体的な増加として説明することができる。
日本の学童におけるワクチン接種率は約80%だった。しかし、Reichert et alによる報告の図4に示される死亡数データは、ゆるやかな減少を表しており、これはワクチン接種プログラムに継続的な効果があるとする説とは食い違う。反対に、アメリカにおける死亡率は、1990年代に入ってからワクチン接種範囲の2.5倍(高齢者層における)もの拡大などの変化があったにも関らず、明らかに一定で変化がない。
SAKAE INOUYE, M.D., PH.D.
MICHAEL H. KRAMER, M.D., M.P.H., PH.D.
National Institute of Infectious Diseases (Tokyo, Japan)
(国立感染症研究所)
<投書2>
Reichert et alによる生態学的研究では、死亡数パターンが不正確に報告されている可能性がある。アメリカにおける肺炎およびインフルエンザによる超過死亡の推定数が、以前に行われたより厳格な調査による推定数よりも、1回のインフルエンザ流行シーズン当たり3200人多くなっている。この大幅な推定数の増加は、インフルエンザの流行シーズンを6ヶ月間とする著者らの定義に関連するものと見られる。通常インフルエンザウイルスはそれほど長期間に渡って高い感染力を維持しないため、この研究報告で示されている肺炎、インフルエンザおよびその他の全ての原因による死亡数パターンは、インフルエンザに関係のない多数の死亡例を含めることで、誇張されていた可能性が高いと言える。以前におこなれた推定死亡数と相関関係が認められたとしても、シーズンごとの死亡数を大幅に膨らませた場合、シーズンごとの比較結果は歪められることになる。
もう 1つの懸念事項は、加齢パターンなどその他の多くの重要な要素が評価に含まれていないことである。年齢別ワクチン接種範囲および年齢別死亡率が表されずに出された、子供へのワクチン接種が高齢者の死亡数を減少させた、とする結論には意義を呈したい。
万が一、死亡数パターンが正確であった場合でも、それならば 1962年以前の大幅な死亡数の減少(当該研究報告の図3、図4に示される)を引き起こし維持させた要素については、Reichert et alはどのように小児ワクチン接種プログラムの影響(があるならば)との違いを説明するつもりだろうか。日本およびアメリカにおける現在のインフルエンザワクチン接種政策を支持する、死亡リスクや重症化率の高い人へのワクチン接種に焦点を当てた研究が多数発表されている。この研究で用いられているエビデンス(根拠)は、こうした政策に疑問を呈するには不十分で説得力に欠ける。
KEIJI FUKUDA, M.D., M.P.H.
WILLIAM W. THOMPSON, PH.D.
NANCY COX,PH.D.
Centers for Disease Control and Prevention (Atlanta, GA, U.S.A.)
<投書 3>
Reichert et alによる研究報告は、最近の日本における治療回復施設(convalescence facilities)や高齢者ケア施設、老人ホーム等の施設の急増(ヘルスケア関連施設の数が過去110年間に約10倍に増加)というファクターを見落としている。これが高齢者間のインフルエンザウイルスの感染の大きな原因になっている可能性がある。グループ施設で共同生活をすることは高齢者間のインフルエンザ感染の大きな原因であり、こうした施設におけるインフルエンザ集団感染や死亡が、日本では広く報告されている。これはインフルエンザによる高齢者の死亡数増加の大きな原因でもある。日本における3世代同居家庭数は年々減少を続けており、学童へのワクチン接種による同居高齢者へのインフルエンザ免疫効果がある、とする説には疑問を呈する。
TSUTOMU YAMAZAKI, M.D., PH.D.
TORU SUZUKI, M.D., PH.D.
University of Tokyo (Tokyo, Japan)
(東京大学)
<著者らの回答>
我々は、日本における学童へのインフルエンザワクチン接種が、冬季における超過死亡パターン(インフルエンザ関連の死亡と同義)と密接な関係にあることを報告し、両者の関連性を指摘した。これに対し、我々が示した超過死亡パターンは経済状況の全般的改善や高齢者数の全体的増加など基盤( base-line)死亡率を左右する要素により導き出されている可能性がある、と指摘し、我々の説に異議を唱える仮説がINOUYEおよびKRAMER、FUKUDA et alにより出された。しかし、図1が明確に示すように、基盤(base-line)死亡率および超過死亡率のパターンは、特にワクチン接種期間においては全体的な傾向とは全く異質なものである。
YAMAZAKI et alは1990年以降の超過死亡の増加は、日本の高齢者が従来の3世代同居をやめてケア施設へ移動したためだ、とする仮説を出した。しかし、3世代で同居する高齢者の割合は、1980年以降約1%減少したのみである。加えて、1990年以降の日本におけるケア施設の10倍の増加は、ごく一部の地域に限定された実態である。全体として見ると、施設に入居している高齢者の割合(<5%)は1975年から1995年までの間にそれほど変わっていない。この要素では、1988年以降の3倍の超過死亡増加は説明できない。
FUKUDA et alは、我々が超過死亡を推定するために用いたモデルが、他のモデルと比べて厳密性に欠けており、そこから導き出されたパターンが誇張されているのではないか、と懸念している。しかし、より特異性を絞り込まれた情報はインフルエンザに焦点を絞ったパターンを見つける可能性をせばめ、1つの定数のみが異なるモデルは同様のパターンおよび同様の差異をシーズンごとに描きだす。
FUKUDA et alは、我々が評価対象の超過死亡数を高齢者層に絞ったことに疑問を呈し、年齢ごとの死亡率およびワクチン接種率を用いた説明を求めている。アメリカでは、全国的な流行となった都市を抜かして、インフルエンザによる超過死亡は事実上全て高齢者である。これは日本でも同様であると考えられる。日本およびアメリカ共に、年齢別死亡率は1965年以降減少を続けている。日本でワクチン接種プログラムが実施されていた間、高齢者へのワクチン接種は特に禁忌とされており、接種を受けた高齢者は1%以下だった。
INOUYEおよびKRAMERは、1990年以降アメリカでの死亡数が減少しないことを取り上げ、学童へのワクチン接種が日本における死亡数減少につながったとする我々の説に異議を唱える根拠としており、FUKUDA et alは我々の研究報告がアメリカのワクチン接種政策に疑問を投げかけるものだと指摘している。しかし、我々が引用した報告は、ワクチン接種を受けた高齢者の超過死亡が減少しているというものであり、我々は、アメリカにおける高齢者へのワクチン接種はようやく最近になって日本の学童のレベルに達することができた、と指摘しているのである。ワクチン製剤の効果と接種率は共に約50%に過ぎないため、集団免疫も包括的直接保護も未だ達成されておらず、多くの高齢者が感染されやすい状態に置かれたままである。学童へのワクチン接種については多くの研究が行われ、その健康維持への有効性と共に、高齢者への直接接種と同等の効果率(efficacy rate)についても報告されている。学童へのワクチン接種を、インフルエンザ感染をコントロールする補足手段と見る我々の立場は変わらない。
報告で省略されていた以下の方々への感謝をここに追記する:日本の厚生労働省の原因と年齢別死亡率に関する膨大なファイルの入手と解読を手伝っていただいた Becton Dickinson NipponのMizuho MurataおよびMayumi Onishi,M.D.に深く感謝する。
THOMAS A. REICHERT, PH.D., M.D.
Entropy Limited and Entropy Research Institute (Upper Saddle River, NJ, U.S.A.)
NORIO SUGAYA, M.D.
Nippon Kokan Hospital (Kawasaki, Japan)
DAVID S. FEDSON, M.D.
Aventis Pasteur-MSD (Lyons, France)
WILLIAM P. GLEZEN, M.D.
Baylor College of Medicine, Houston (TX, U.S.A.)
LONE SIMONSEN, PH.D.
National Institute of Allergy and Infectious Diseases (Bethesda, MD, U.S.A.)
MASATO
TASHIRO, M.D., PH.D.
National Institute of Infectious Diseases (Tokyo, Japan)
(編集部注)
毎年人が亡くなりますが、死亡を月別に調べてみると冬( 1−2月)に多くなり、夏(6−9月)が少なくなります。このパターンは安定しているのですが、このパターンをよく見ると、何年かに1回ですが、冬にちょっとピークが高くなり普段より多く人が死んだパターンが出る年があります。多いといっても人口10万人当たり数十からから100人位の増加です。高齢者が多く呼吸器疾患から心疾患、脳血管疾患など、さまざまな死因がつきます。しかし、死亡が増えたときはインフルエンザが流行っていることから、これをインフルエンザによる「超過死亡」といいます。
昔はいろいろな感染症がありましたから、それぞれの流行があるとそれぞれの超過死亡が増えていました。しかし、大きな流行がなくなり、インフルエンザがときどき超過死亡の原因になる唯一のものといえます。
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