どうしても使いたくないアカゲザル実験

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 毛利子来さんから「僕ね、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の副代表になってるんだよ。女性の弁護士が50人ほどと専門家を集めて、政府に提言をするんだけど。今度は母乳と食物の提言なんだよ。少し手伝ってほしいんだけどね」と電話がかかってきました。今回はそこで見つけた1つの論文を読むために800万円も使った話を書きます。

ダイオキシンはベトナムの枯葉作戦やセベソの農薬工場の爆発事故で人間への癌や奇形が問題になりました。その後、このダイオキシンが今までの化学物質とはまったく桁が違う少ない量で胎児に影響を及ぼすことがわかりました。そのメカニズムは環境ホルモンとしても働くからでした。
 ダイオキシンは身体の脂肪に溶けこんで長く蓄積します。ですから深刻なのは母乳です。母乳の脂肪に溶け込んでいたダイオキシンはオッパイから赤ちゃんに移ります。どの位のダイオキシンが赤ちゃんへ移るのか厚生省のデータ(平成7年度)を参考に試算してみました。お母さんの母乳の脂肪1グラムにダイオキシンが平均で21ピコグラム蓄積しています。平均ですから、この値より高い人が半分、低い人が半分ということです。じゃ高い人はどの位高いなのか計算してみました。50.4ピコグラム以上のダイオキシンを蓄積している人は2.27%いると推定されれます。具体的にはこの平成7年は118万7千人の出生があったので2万7千人の子どもが50ピコグラムを超える母乳を飲むことになります。1年間で体重当たり70ナノグラムから86ナノグラムとなります。
 この量が大丈夫か検討しましょう。これまでの実験で一番少ない量で異常が確認されている実験は1993年に南フロリダ医科大学のS.E.リアらが発表したアカゲザルの実験で、体重1キロ当たり126ピコグラムのダイオキシンを4年間食べさせというものです。そして、10年後に検査したところ71%に子宮内膜症ができていたというものです。アカゲザルは4年間で184ナノグラムになります。生まれて1年間で80ナノグラム前後の量は子どもたちが大人になるまでのダイオキシンの摂取量を考慮すると子宮内膜症が起きる可能性があります。ここでは母乳中の脂肪を3グラムで計算しましたが、調査に協力した人で最高は5.2グラムの脂肪がありました。条件によってはもっと危険な状態の人がいることになります。状況はかなり切羽詰まっているといえます。実はここで参考にしたアカゲザルの実験をどう扱うかが今重要な問題になっています。厚生省はこのアカゲザルの実験は信頼できないとしてデータか除いているのです。

「アカゼザルで妊娠実験と子宮内膜症検査」



 この実験は1977年に24匹の雌アカゲザルを8匹ずつ3のグループに分け、それぞれ低濃度グループ(5ppt)、高濃度グループ(25ppt)、コントロールグループ(非曝露)とし、ダイオキシンを餌に混ぜて4年間与え続けたのです。
 4年間与えてから7ヵ月後に雄のアカゲザルとの妊娠実験を行っています。ダイオキシンはこれまでの動物実験で受胎率の低下や流産・死産が多くなるということが報告されています。この実験ではコントロールグループで8匹中7匹が妊娠し全てが子どもを出産しています。これに対し、高濃度グループでは交尾した8匹中5匹が妊娠し、生存可能な子どもを産んだのは1匹で、3匹が特発性流産、1匹が死産だったのです。低濃度グループは8匹中7匹が妊娠し、うち6匹が子どもを出産し1匹が死産でした。この実験から高濃度グループでは流産・死産が間違いなく起きるということが確認とれました。

「アカゼザルの子宮内膜症」



 このアカゲザルを10年後の1992年7月、生存している17匹(死亡したサルは解剖され既に調べられている)について、腹腔鏡検査をして、子宮内膜症の有無およびその病状を診断したのです。
 その結果、子宮内膜症の発症率と重症度はダイオキシンの量と関係があったのです(表1)。低濃度のダイオキシンに曝露されたグループでは71%、高濃度グループでは86%に子宮内膜症ができていました。これに対して、コントロールグループにおける発症率は33%でした。子宮内膜症の重症度を見ると、低濃度グループ7匹中3匹(43%)が、また高濃度グループは7匹中5匹(71%)が、中等度から重度の子宮内膜症にかかっていたのです。これ対し、コントロールグループは中等度、重度はなかったのです。(表2)

「WHOが採用したアカゲザル実験」

 昨年、世界保健機関(WHO)はダイオキシンの耐容1日摂取量(TDI:毎日とり続けても健康に悪影響がでない我慢量)を体重1キロ当たり1から4ピコグラムとしました。1ピコグラムは最終目標値で、4ピコグラムは当面の規制値という分りにくい規準値です。各国の事情を考えて規準を作る政治的な組織ですからこういうことはよく起きます。この基準値を作るときアカゲザルの実験が採用されました。
 日本の厚生省はこのアカゲザル実験そのものを否定して10ピコグラムという基準を作っていました。採用しない理由は「実験計画や結果の記述に不備がある。アカゲザルの年齢がばらついている。対照群での子宮内膜症の発生率が高い。サルの例数が少ない」というものでした。しかし、環境庁はこのアカゲザルの実験を使って厚生省の基準値の半分の5ピコグラムを健康リスク評価指針としました。この基準の違いにダイオキシン問題に取り組んでいる人たちから批判がされたのはいうまでもありません。
 厚生省はこの実験を採用しない理由があまりにもお粗末と思ったのでしょう。このアカゲザル論文をもう1回読んで検討する研究班を作ったのです。驚いたことにこの論文を読むために800万円の研究費をつけたのです。たった本文5ページ(後は写真と引用文献のページ)の論文にです。

「キーになったアカゲザル実験」

 この実験が人間に近いサルを使っていること、子宮内膜症は人間とサルでしか観察することができないこと、など重要な意味がある実験です。しかも、14年以上も飼い続けていた結果です。このデータを安全基準に使うと耐容1日摂取量は大きく変り、毎日の生活で食べる食品や住んでいる場所の土が危険になってしまう可能性があります。厳しい基準を作ると困る企業や業界が出てくるのも事実です。

研究班は以下のように結論をまとめました。

@10年間の飼育条件の不明な空白期間がある。
A高濃度(25ppt)群には2種類の異なった処置を受けたサルが含まれるが、このことに関する記載・説明がリア論文にはなく、飼育条件の不均質性がある。
B統計処理に関して一貫性がない。
C複数の科学的不確定要素が存在しており、それらに関する科学的補正がなされない限り、順位相関性は否定できないにしても、リア論文の中で示されている個々の絶対的数値に関しては、採用が困難である。


 たったこれだけの指摘に800万円です。
@の件ですが、この15年かに及ぶ研究は1977年から83年まではウイスコンシン大学で、83年から93年はマディソンにあるハーロウ(Harlow)霊長類研究所で飼育されたとの記載があります。


Aの件ですが、サルの飼育実験は投与をスットプした7ヵ月後の妊娠実験をしています。そして実験者によって論文にされています。その時ダイオキシンの高濃度グループは2群に分けられ、交配の回数が変えられたことが書いてないというのです。このことに関する記載・説明がリア論文にないからといって実験を否定する理由にはなりません。低濃度グループで子宮内膜症が増えていることを否定することはできません。ですからデータとして使えないとする理由にはなりません。


Bの件ですが、高濃度グループは途中で死んだ3匹の解剖結果を加えて計算しているので統計処理の一貫性を欠いているというのです。リアたちも他のグループで死んだものの結果を加えるとより量関係が明確になるとしているのです。人間の安全を中心に考えればこのデータ処理はまったく問題がないのです。


Cの件ですが、研究班もダイオキシンが多くなれば症状も多くなることは否定できないといいながら、3つの問題を科学的不確定要素があるからダイオキシンの毒性評価には使えないという結論にしているのです。人間に近いサルの実験結果を国民の安全を守るために如何に有効に使うかという姿勢がまったくないのです。


 簡単なのは800万円も研究費をもらっているのですから問い合せればよいのです。ところが研究者でなく厚生省から問い合せたが返事がなかったと一言書いてあります。ここには大きな問題があります。研究班でなく何故厚生省かということです。学問的な問題でなく政治的な問題になっていることがわかります。研究班員がアメリカに行ってもいいし、日本に招待してもいいのです。ここの続きは次の項目を見て下さい。


 6月21日、厚生省は耐容1日摂取量を当面4ピコグラムにすると決めました。この量なら日本人の平均のダイオキシン摂取量が2.6でし、関東や関西の平均値3.1もクリアーできるのです。これで胸をなで下ろしている業界・業者がたくさんいるはずです。ダイオキシンに厳しい国を見るとオランダは1ピコグラムをTDIにしています。アメリカは発癌物質は100万分の1にするとして0.01ピコグラムにしているのです。日本の後手後手行政の被害を受けるのが子どもたちです。皆さんも「間違っている」と声をあげませんか。

表1 ダイオキシン類に曝露されたアカゲザルにおける子宮内膜症の発症率
コントロール(非曝露) 33%
低濃度(5ppt) 71%
高濃度(25ppt) 86%

 

表2 ダイオキシン類に曝露されたアカゲザルにおける子宮内膜症の重症度
:改訂版AFS(rAFS)による重症度診断
  なし T U V W
コントロール(非曝露) 4 2 0 0 0
低濃度(5ppt) 2 2 0 2 1
高濃度(25ppt) 1 0 1 1 4

 

子宮内膜症の現状

 子宮内膜症のため全国で約12万8千人が受診中との推定が出されています。厚生省の「子宮内膜症の実態と対策に関する研究班」(責任者:武谷雄二東大医学部教授)による全国調査で、全国にある産婦人科1万5百の病院から規模別に約8百箇所を抽出し、97年10月に診察中または入院している子宮内膜症患者を調査し、それをもとに全国の患者を推定する方法をとっている。年齡別では30歳から34歳が10万人当たり644人と一番高く、次が35歳から39歳の531人となっている。全体では298人となっている。

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